追い詰める

【おいつめる】動詞

同義語

同品詞の類義語

迫る文芸的
追い込む
攻め立てるcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

追い込んでいく
追いつめ、追い込む文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

猛獣のような文芸的
嵐のように

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

激しく

体言的言い換え

用言を体言に変換

接近
攻勢colloquial

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

じりじりとcolloquial
一気に

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余白が零になる——選べる手を消していく動詞

将棋には「詰み」という終わり方があります。王将に残された手が一つもなく、逃げる升も、合駒も、迫る駒を取る手もすべて塞がった局面を指します。勝敗を決めているのは盤上の駒の数ではなく、選べる手の集合が空になったという一点です。詰将棋が独立した創作分野として長く続いてきたのも、この零への到達が形式として完結しているからでしょう。

「追い詰める」は、その「詰」を後半に抱えた複合動詞です。前半の「追う」だけであれば終点はありません。追跡は延々と続きうるものですし、追う側が先に力尽きることもあります。「詰める」が接続した瞬間に、この語は距離ではなく残余を測る語へ変わります。詰めるとは、間にあった空隙を減らして零へ近づける操作です。行き詰まる、煮詰まる、根を詰める——いずれも余白が尽きていく過程を言っています。ついでに言えば、この動詞は終点を空間で指定したがります。壁際に、崖っぷちに、袋小路に。目的語のほうは有情物かそれに準ずるものに限られていて、家具や数値を追い詰めることはできません。逃げようとする意思がなければ、余白は減りようがないからです。

この語の身体的な原型は、おそらく狩りにあります。巻狩りのような大がかりな猟では、勢子と呼ばれる役が声と音で獣を追い立て、待ち構える射手のほうへ向かわせました。獣を仕留めるのは射手ですが、勝負を決めているのは勢子の配置のほうです。逃走可能な方向を人の列で順に塞いでいき、最後に残った一方向へ相手を歩かせるわけです。追い詰めるとは、本来こうした複数人の共同作業を指す語でした。一人では追い詰められません。相手の周囲に立つ人数が足りていることが、この動詞の暗黙の前提になっています。

哲学が自由を論じるとき、それはしばしば選択肢の広がりとして描かれます。なしうることの集合が広ければ自由で、狭ければ不自由である、という見立てです。この見立てに従うと、追い詰めるという行為の奇妙さが見えてきます。追い詰める側は、多くの場合、相手の身体に触れていません。触れないまま、相手の前に開かれていた道筋を一本ずつ閉じていくだけです。力を加えていないのに相手の可能性だけが減っていく——暴力をどう定義するかという問いは、ここで面倒な形をとります。

この語にはもうひとつ、主語のねじれがあります。実際の日本語では、能動の「追い詰める」より受身の「追い詰められる」のほうが口をつきやすいのです。追い詰められた、と言うとき、そこに人格を持った追跡者がいるとは限りません。生活が、期限が、体調が、名指しできないまま余白だけを削っていきます。行為者が不在のまま結果だけが成立するこの形は、人が自分の有限性に出会う典型的な経路になっています。平時は残りの手数を数えずに済みます。数え始めた時点で、盤面はすでに終盤へ入っているのでしょう。

ただし、盤上の詰みと違って、人の可能性の集合は完全には閉じきらないようです。窮鼠が猫を噛むという古い漢籍由来の言い回しは、零になったはずの地点から反撃が生まれる事態を短く言い当てています。追い詰めた側は、そこで初めて自分が何を消してきたのかを知ることになります。場面を書く手つきとしても、この語は追う側ではなく追われる側の視野を狭めていく描写によく効きます。壁が近づいてくるのではなく、脇の道が一本ずつ消えていく——その順序を書けるかどうかで、場の圧力の質がまるで変わります。

文: hakadoru.ai 編集部

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