昇り詰める

【のぼりつめる】動詞

同義語

同品詞の類義語

絶頂を迎える文芸的
最高潮に達する
天井を突き破るcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

限界を超える文芸的
頂点に達する

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

山火事のように燃え上がる文芸的
噴火するマグマのように

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

一気に

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

達する

体言的言い換え

用言を体言に変換

絶頂の瞬間

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

最高の瞬間を迎える文芸的
究極の快楽を得る

関連語を探す

余地を残さない後項——「詰める」が指定する終点

「のぼりつめる」には二通りの書き方があり、どちらを選ぶかで景色が変わります。「登り詰める」なら足場があり、階段や梯子や組織の序列を一段ずつ上がっていく像になります。「昇り詰める」の「昇」は、日や煙のように支えなしで上へ移る動きに使われてきた字です。同じ動作を指しながら、前者は経路を見せ、後者は方向だけを見せます。表記の選択が、そのまま到達の仕方の選択になっているわけです。

もっと効いているのは後項のほうです。「詰める」が複合動詞の後ろに付くと、動作が余地のなくなるところまで進むという意味が加わります。思い詰める、追い詰める、突き詰める、煮詰めると並べれば、どれも、まだ続けられる状態からもう続けられない状態への移行を表しています。つまり「昇り詰める」は上昇を言う語ではなく——上昇が終わる点を言う語です。頂上に立つことと、その先がないこととが、一語のなかで同時に指定されています。

アスペクトの面でも、この動詞は窮屈です。「昇っている」は途中の進行を表せますが、「昇り詰めている」は進行としては据わりが悪く、達した状態が続いていることを指すほうへ傾きます。終点を内蔵した動詞は、途中を表す形を作りにくいのです。上りの過程そのものを書きたければ、語り手は別の動詞を選ぶことになります。この不自由さは欠点というより、指定の精度と言い換えられます。どこで終わるかを決めない語と、決めてしまう語とを、日本語は取り違えないように分けて持っているのです。

西洋の欲望論は、長いあいだ上昇を階梯として描いてきました。プラトンの『饗宴』でディオティマが語る道筋は、個々の美しい身体から始まり、身体一般へ、魂へ、営みや学問へと段を上がり、最後に美そのものへ至ります。中世の神秘思想は、この梯子を神へ向けて引き伸ばしました。段があるということは——途中で止まれるということでもあります。それに対して「昇り詰める」が想定しているのは、段を持たない一続きの上昇です。止まる場所が用意されていない以上、終点は自動的に頂点になります。

現代のセクシュアリティ教育者エミリー・ナゴスキは『Come Together』で、満足できる性を、欲望の量や回数といった単一の目盛りではなく、その経験を本人が好ましいと感じるかどうかから捉え直しました。頂点へ着くことを成功、途中で止まることを失敗とする脚本は、身体の多様な時間を一つの坂へ押し込みます。「詰める」という後項は、まさにその脚本の強さを見せます。余地を残さず終点まで進むと宣言するため、途中にある快やためらいを語の外へ落としてしまうのです。

語の設計として見ると、この動詞は書き手に難題を渡します。頂点を書けば、その先には下降か中断しか残りません。連載の途中で人物を昇り詰めさせてしまえば、以後の場面は必ず余韻か反動の側に置かれます。「昇る」で止めておけば経路はまだ続きますが、「昇り詰める」を選んだ時点で、書き手はその関係の時間に上限を宣言したことになります。一語の後項が、章立ての設計にまで届いてくるのです。

文: hakadoru.ai 編集部

エディタで直接置換して執筆を加速

SaaS エディタではシソーラスの結果をワンクリックで本文に反映できます

無料で始める →