駒掛け

【こまがけ】名詞句

同義語

同品詞の類義語

押し掛け文芸的
馬乗り
乗馬位文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

馬に跨がるように文芸的
上にまたがり

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

騎手のように文芸的
荒ぶる馬のごとく文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

騎乗して

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

跨がる
乗りこなす文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

騎乗の舞文芸的
上乗りの技

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

馬上の官能文芸的
荒々しい騎乗文芸的

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一義にならないまま配られた名

腰を掛ける、鍵を掛ける、迷惑を掛ける、声を掛ける、命を掛ける、罠に掛ける、医者に掛かる、掛け算、掛け軸——国語辞典でこの動詞の項目は、たいてい何段にもわたって続きます。意味の幅がこれだけ広がっても混乱が起きないのは、芯にあたる像が一つだからでしょう。あるものを別のものに接触させ、そこに支えか作用を成立させます。「かける」が言っているのはその一点だけで、何がどう動くかは、この動詞の担当ではありません。

相撲の決まり手を見渡すと、内掛け、外掛け、河津掛けと、足を絡める技にこの語が集まっています。掛けるという動詞が選ばれたのは、足が相手の足に触れて支点を作るという一点が、これらの技に共通するからでしょう。逆に言えば、名が記録しているのは接触の成立だけで、そのあと相手がどちらへ倒れるかは書き留められません。技の名は、過程ではなく断面を切り取ります。

前半の「こま」も、一義には落ちません。古語では若い馬を指し、高麗から渡った馬に由来するという説も唱えられてきました。将棋の盤上を動く小片も駒であり、三味線の胴に立てて弦を持ち上げる小さな部材も駒と呼ばれます。歯を高く作った履物は駒下駄です。馬、可動の単位、支えの部材——三つの像が同じ二拍のなかに同居しています。支えを意味する語に、支えを作る動詞を重ねた名です。組み立てとしては、機構の説明図に近い簡潔さがあります。

記述精神医学は、これとは逆の方向へ言葉を動かしてきた学問です。日常語を借りたうえで、その多義を削り落として一義の術語へ仕立てる。不安、抑うつ、興奮、こだわり。いずれももとは生活の語で、誰もが自分の経験に引きつけて使えるものでした。術語になった瞬間、その幅は目減りします。目減りさせなければ、二人の観察者が同じ患者を見て同じ記述に到達できないからです。観察者ごとに違う意味で使われる語は、統計にも症例報告にも載せられません。定義を書き足し、適用の範囲を狭め、必要なら日常語との縁を切る——術語を作るとは、その手間を引き受けることでした。

数え上げも、同じ安定を求める手つきです。四十八手という枠は相撲の手数の呼び名から来ていますが、この四十八という数は、はじめから実数を意味していませんでした。いろは四十八字という言い方は、四十七字からなる歌に一字を足す数え方に由来するとされますが、四十八という数の据わりのよさが先にあったようにも見えます。相撲の決まり手にしても、公式に定められた数は時代ごとに改められ、今日では八十を超えています。数え上げるとは、内と外に線を引くことです。台帳に載らない配置は、そこにないのではなく、名を持たないだけの状態に置かれます。

興味深いのは、この体系が術語化の手前で足を止めている点です。駒という語は、台帳に載ってもなお馬であり、将棋の小片であり、弦を支える部材のままでいます。読み手ごとに違う像が立ち上がり、どれが正解かを決める審級もありません。記述精神医学が多義を削って観察者間の一致を買ったのに対して、こちらは多義を抱えたまま名前だけを配りました。扱う対象はまるで違いますが、名づけが何を得て何を捨てるかという問いの立て方だけは、驚くほど近いところにあります。

文: hakadoru.ai 編集部

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