本手

【ほんて】名詞

同義語

同品詞の類義語

正攻法文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

基本の形

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

王道のcolloquial

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

真っ向から文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

正面から取り組む

体言的言い換え

用言を体言に変換

初心者の型colloquial

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

基本中の基本colloquial

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中心を先に決めるという分類法

地歌や箏曲には、本手と替手という一対の言い方があります。本手が骨格をなす旋律で、替手はそれに重ねて弾かれる装飾的な旋律です。二つを合わせて演奏することが前提になっていて、替手だけを取り出しても曲としては立ちません。囲碁や将棋でもこの語は使われ、その局面で無理をしていない本筋の一手を指します。分野をまたいで意味の芯が動かないのは珍しいことで、どの世界でもこの語は基本形の位置を名指してきました。

字面もその働きを支えています。本は木の根元を示す指事の字で、根本、本源、本店のように、そこから枝分かれしていく起点を表します。手のほうは、身体の部位から離れて技や型を意味する用法を早くから持ちました。相撲の決まり手、手の内、奥の手、悪手といった語がその系統にあたります。二字を合わせれば、技の体系における根元の型という読みが自然に立ち上がります。分野が違っても意味がぶれないのは、字そのものが説明を済ませているからです。

近世に整理された体位の名の一群を見渡すと、この語だけが異質です。他の名は、道具や動物や動作の見立てから作られています。茶臼、地蔵、燕返し、仏壇返しといった具合です。どれも外の世界から像を借りてきた名でした。ところがこの一語だけは、外に何も借りていません。示しているのは体系のなかでの位置だけで、体系が自分自身を指差すために用意した語だと言えます。分類の言葉が、分類される対象の列に紛れ込んでいる状態です。

数のほうにも注意が要ります。四十八という数は、相撲の技の呼び方に倣った概数で、実際にその数だけの型が数え上げられていたわけではないと考えられています。多いことを表す慣用の数が先にあり、中身はあとから埋められました。数が枠として与えられると、埋めるために似た型を分けたり、めったに使われない型を数に入れたりする操作が起こります。基本形が一つあって、そこから四十七の変異が派生したという構造ではありません。枠が用意され、そのどこかに中心が置かれた。順序が逆なのです。

性の科学が近代に組み立てた語彙も、似た順序で作られています。まず正常とされる形を一つ立て、そこからの隔たりの度合いで残りを記述するという手順です。生物分類が模式標本を一点定め、それとの比較で種を語るやり方と、構造はよく似ています。模式標本は、その種の平均でも理想でもなく、たまたま最初に記載へ用いられた個体にすぎません——中心を先に決める手続きは、記述を可能にする代わりに、中心の実在を証明しないまま話を進めさせます。

数え上げが進んで頻度の偏りが見えてくると、この手続きの弱さはかえって表に出ます。ある型に事例が集まっているという観察があったとしても、それは典型が実在することの証明にはなりません。集まりの高さは、その一点に事例が多いことを示すだけです。分類の中心は、観察から見つかるものというより、記述を始めるために打たれる杭に近い。この語がいまも残っているのは、体系がその杭を必要としているからであって、杭が地面の真ん中に打たれている保証はどこにもありません。

文: hakadoru.ai 編集部

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