揺り返し

【ゆりがえし】名詞句

同義語

同品詞の類義語

燕返し文芸的
流れるような動き文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

千鳥の舞文芸的
波打つような

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

波紋を描くように文芸的
風にそよぐ柳のように文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

上下に
揺れるように文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

揺らす
波打つ

体言的言い換え

用言を体言に変換

波紋の戯れ文芸的
千鳥の戯れ文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

しなやかなうねり文芸的
官能の波文芸的

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余震のほうを書く

大きな地震のあとに続く小さな揺れを、気象の用語では余震と呼びます。日常の言い方としては「揺り返し」が古くから使われてきました。世論や風潮の反動を指す「揺り戻し」と語形は似ていますが、二つの語は運動の向きが違います。「戻す」は元の位置へ帰す動きで、「返す」のほうは同じ動作をもう一度行う意味を強く帯びています。読み返す、思い返す、聞き返すといった複合動詞では、補助動詞の「返す」が往復ではなく反復を指しています。閨の技法の名にこの語形が採られたとき、名指されたのは到達ではありません——収まりきらずに続く運動のほうです。

日本の性愛文学は、長いあいだ、書けない部分を抱えたまま書く技術を磨いてきました。大正から昭和戦前にかけての出版では、当局の検閲を見越して肝心の箇所をあらかじめ伏字にする処理が広く行われています。伏字は「××」や「〇〇」の形で本文に穴を残し、読者はその前後から中身を推し量りました。書き手の腕が試されるのは、消される部分ではなく——消されずに残る部分のほうです。核心を書けないという条件は、周辺の描写を異様に精密にする圧力として働きました。

平安の物語と和歌は、この配分をすでに様式にしていました。夜を共にした男女が翌朝それぞれ歌を詠み交わす後朝の歌は、贈答の型として定着し、物語のなかでも繰り返し描かれます。歌に書かれるのは、別れがたさと、袖の露と、明けていく空です。前夜そのものは一行も書かれません。書き留められるのは常に翌朝の側であり、読者は残された揺れのほうから前夜を逆算します。近代の検閲を待つまでもなく、余波を書くという配分は千年前に整えられていたことになります。

近代に入ると、争いは翻訳の場でも起こりました。ロレンスの小説を伊藤整が訳した本をめぐる裁判は一九五〇年代に最高裁まで争われ、有罪が確定しています。裁判で問題にされたのは筋書きの是非ではなく、特定の場面における語の選択と描写の分量でした。この判断は、文学における性の描写が「量」として測られうるという前提を、公の場で確認したことになります。以後の書き手は、量を減らしながら密度を保つ方法を探すことになりました。伏字の時代に育った迂回の技法が、別の形で引き継がれたわけです。

余震は本震より小さく、しかし本震より長く続きます。大森房吉が一八九〇年代に示した経験式は、余震の発生頻度が本震からの経過時間にほぼ反比例して減っていくことを述べたもので、いまも地震学の基礎的な記述として扱われています。減り方が指数関数ではなく反比例であるという点が重要で、これは尾が想定よりずっと長く残ることを意味します。震源の深さや断層の性質を推定するとき、この長い尾のほうが手がかりになることも珍しくありません。文学の側でも同じことが起きています。書かれなかった中心の代わりに、書かれた周辺の揺れが情報を運ぶ。四十八手の名の多くが器物や生き物の名を借りているなかで、この名は物の名も姿勢の名も持たず、運動の持続だけで立っています。名づけの時点ですでに、一回性ではなく反復のほうへ重心が置かれていたことになります。

文: hakadoru.ai 編集部

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