三つ巴

【みつどもえ】名詞句

同義語

同品詞の類義語

乱れ絡み文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

絡み合う乱舞文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

絡み合う蜘蛛の巣のように文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

乱れに乱れて文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

乱舞する文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

絡み合い

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

淫らな旋回文芸的

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百二十度ごとに戻ってくる図と、終われない予測

三つ巴の紋は、百二十度回すともとの図に重なります。三つの渦が中心を囲んで同じ向きに巻いているため、どれが先頭かを決める根拠がどこにもありません。静止した図案が回転して見えるのは、この対称性のためだと説明されます。目は基準点を置こうとして、置いた端からその基準が無効になる図形を相手にしています。

視覚系は、入力を予測しながら処理を進めています。輪郭の連続、明暗の勾配、動きの方向——次に来るものを先回りして埋めることで、処理の負荷を下げる仕組みです。回転対称の図形は、この先回りに終点を与えません。どこを追っても同じ形が現れるため、予測は成功し続けながら完了しないままになります。快いと感じられる図案の多くが対称性を含むこと、そして見飽きるまでに時間がかかることは、この構造とつながっていると考えられます。

三という数は、二つずつの組に分け切れません。三者の関係では、どの二人が組んでも一人が外に残り、その配置は固定されずに入れ替わり続けます。三つ巴という語が争いや対立の形容として使われてきたのは、この分割不能性を言い当てているからです。二者の対立には、少なくとも均衡という静止した状態があります。三者には、常にどこかへ移りつつある状態しかありません。関係を記述しようとする側も、いつどの断面を切るかによって、まったく違う勢力図を書くことになります。

三つ巴は、太鼓の胴に描かれる紋としてよく知られ、八幡の神紋としても用いられてきました。打面ではなく胴の側に置かれるため、打つ人の視野には入らず、聴く側からだけ見えます。回転して見える図案が、実際には回らない胴に据えられ、音のほうが空間を回っていく——図と音の役割が交換されているような配置です。身体化された認知という考え方からすれば、この配置は打ち手にとって視覚情報ではなく、腕の可動域と胴の曲面という触覚的な情報として経験されているはずです。同じ紋が、立つ位置によって別の感覚に配分されます。

聴覚にも、これとよく似た現象が知られています。強さも間隔もまったく等しい打音を並べて聞かせると、多くの人はそこに拍子を聞き取り、二つずつ、あるいは三つずつのまとまりとして数えはじめます。刺激の側には区切りがないのに、聴く側が頭を置く位置を決めてしまうわけです。主観的リズム化と呼ばれるこの働きは、始点を持たない連続から始点を作り出す点で、回転対称の紋を見る目とほとんど同じことをしています。太鼓の胴に描かれた紋と、その胴が出す音は、別々の感覚に対して同じ問題を出していることになります。

巴という字と形の由来については、鞆絵という説があります。鞆は弓を射るときに左腕へ着ける革の防具で、そこに描かれた図が巴の形になったという説明です。ほかに勾玉や水の渦との関連を言う説もあり、一つに定まってはいません。由来がいくつも並び立つこと自体が、この図形の性格によく似ています。三つの渦のどれを起点にしても説明は回り出し、どこで止めるべきかを図のほうは指示してくれません。循環する刺激に始まりの位置を与えるのは、いつでも観察する側の仕事です。

文: hakadoru.ai 編集部

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