爛らな

【みだらな】形容動詞

同義語

同品詞の類義語

淫らな文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

あられもない文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

欲望に溺れた文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

恍惚と文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

乱れる

体言的言い換え

用言を体言に変換

官能の渦文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

淫猥に文芸的

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火偏で書かれた「みだら」——判断を温度に置き換える

みだら、と読ませる表記はいくつかあります。標準は淫らで、猥らも辞書に載ります。爛らな、と書く当て方はそのなかでも珍しく、選ばれているのは爛熟・爛漫・絢爛の爛です。この字は火を偏に持ちます。淫のほうは水を偏に持っています。同じ読みでありながら、一方は熱の側から、他方は流れの側から書かれているわけです。表記を替えただけで語の重心が動くというこの事情は、隣の類義語に置き換えた途端に消えてしまいます。

爛の字が担うのは、熟しきることと焼けただれることの両方です。果実が熟れ過ぎて崩れる手前にも、傷が炎症を起こして崩れる状態にも、同じ字が使われます。爛漫は花の盛りを、腐爛は崩壊の極点を指し、どちらの熟語にも「行き過ぎたあと」という時間が組み込まれています。行為への評価は、そこには含まれていません。淫らが逸脱という判断を伴うのに対し、この表記を選んだ瞬間に判断は引っ込み、代わりに温度と経過だけが残ります。道徳の語を生理の語へずらす操作が、一字の選択で起きているのです。

精神分析が扱ってきた問いのひとつは、この種の評価語が誰の声で発せられているかということでした。禁止を内側に取り込んだ審級——超自我という名で呼ばれてきた部分——は、自前の語彙を持ちません。外から借りた言葉で自分を裁きます。みだら、という語が当人の実感としてはめったに湧かず、たいてい後から降ってくるのは、そのためだと考えられます。この語は、自分を見ている誰かの位置から発音されているのです。

投影と呼ばれてきた機制も、この語のふるまいに関わっています。自分の内側で持て余しているものを、他人の属性として読み取ってしまう働きです。みだらという評語は、文法のうえでは対象を修飾しますが、その修飾がどこから発しているかは文面に現れません。発話者の状態を対象の性質として書く——この置き換えが起きているかどうかは、書かれた一語からは判別できないのです。だからこの語は、対象について何かを述べているように見えて、しばしば述べる側についてだけ述べています。時間が経ってから貼られる札であるからこそ、現場の温度も写しません。

分析の技法には、聞く側の構えを定めた規則があります。話される内容に序列をつけず、どれも同じ重みで受け取る——平等に漂う注意と訳されてきた態度です。何が重要かをあらかじめ決めてしまえば、決めた枠に合うものしか拾えなくなります。判断を保留したまま置いておく手続きが、そこでは技法として明文化されているわけです。火偏の字を当てるという選択も、これに近い場所にあります。誰が悪いのかを問わないまま、崩れかけている状態だけを置く。

みだらの語は乱るに遡るとする説があります。乱れは、整っていた側から見た記述です。つまりこの語には、はじめから秩序の視点が組み込まれていました。火偏の字を当てるという選択は、その視点を降ろして、対象の内側の熱に目盛りを合わせ直すことにほかなりません。書き手にとって、どの表記を選ぶかは装飾の問題ではないのです。裁く位置に立つのか、それとも温度を測る位置に立つのかが、語り手の座席として一字で決まってしまいます。

文: hakadoru.ai 編集部

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