甘噛みする

【あまがみする】動詞

同義語

同品詞の類義語

軽く噛む文芸的
愛撫する文芸的
歯を立てる

類義句

同品詞の慣用的言い換え

歯でそっと味わう文芸的
口づけを交わす文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

優しいキスほどの文芸的
官能的な愛撫のような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

そっと
情熱的に

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

唇を重ねる文芸的
肌を撫でる文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

口づけ文芸的
官能的な愛撫文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

そっと味わう文芸的
官能の海へ誘う文芸的

関連語を探す

濁点が生まれる場所——完遂しない侵犯について

複合語ができあがるとき、後ろの要素の頭が濁ることがあります。「かみ」が「がみ」になるのもその一例で、二つの語が一語として扱われはじめた証拠として読めます。日本語の連濁にはライマンの法則と呼ばれる制限が知られており、後ろの要素の内部にすでに濁音がある場合には起こりにくいとされます。「かみ」に濁音はありませんから、条件は満たされています。濁点ひとつが、二語の連結が完了した時点を記録しているわけです。

前に立つ要素が担っているのは、味覚ではありません。「甘く見る」「採点が甘い」「詰めが甘い」と同じ用法で、本来あるべき強度や厳密さが差し引かれた状態を指します。つまりこの語は、動作の名を挙げながら、同じ息でその強度を打ち消しています。行為と行為の取り消しが、あ・ま・が・み の四拍の中に同居している——動詞の形にすれば六拍です。名指すことと控えることを一語でやってのける語は、そう多くありません。

動詞へ戻る道筋も変わっています。日本語には「噛む」という和語の動詞がすでにあるのに、この語は「甘噛む」という形を作りませんでした。いったん名詞に固めてから、サ変の「する」を後ろに付けて動詞へ戻しています。名詞を経由するあいだに、行為は一度、名前を持つ型として棚に上げられました。その場かぎりの動作ではなく、しつけの本にも見出しとして立てられる、反復されうる型になったということです。語形の遠回りが、行為の反復性をそのまま記録しています。

力の加減を学ぶ過程は、動物行動の観察でくり返し記述されてきました。子犬や子猫の遊びには噛みつく動作が頻繁に現れますが、相手が痛がって遊びを中断すると、次からは力が抑えられるようになると言われます。加減の学習は単独では成立しません。相手の反応が返ってこなければ、どこまでが遊びでどこからが攻撃かという境界を引けないからです。遊びの噛みつきは、攻撃の形式を借りながら、攻撃ではないという合図を同時に送る二重の行為になっています。

エロティシズムを論じてきた系譜は、この二重性を中心に置いてきました。侵犯は禁忌を前提とし、禁忌を消してしまえば侵犯も消えます。境界を壊す行為は、境界が保たれていることに依存しているわけです。マルセル・モースが一九二五年の論考で扱った贈与の慣行——気前よく蕩尽してみせる交換の形式にしても、失うことに意味が宿るのは、通常は失わないという規範があるからでした。歯を立てながら立てきらない動作は、この構造をごく小さな尺度で反復します。完遂しないことによってのみ、境界の存在が確かめられます。

語のほうへ戻れば、この複合語が現代語として広まったのは、動物の飼育をめぐる文脈からだと考えられます。しつけの話題で名詞形が定着し、そこから人の描写へ転用されました。転用のときに残ったのは、力を抜いた歯という像だけではありません。相手の反応を待ち、返ってきた合図で加減を決めるという、二人がかりの手続きごと移っています。動作の名でありながら単独では成立しない——書き手がこの語を選ぶとき、場面には必ず二つの意思が要ります。

文: hakadoru.ai 編集部

エディタで直接置換して執筆を加速

SaaS エディタではシソーラスの結果をワンクリックで本文に反映できます

無料で始める →