甘ったるい

【あまったるい】形容詞

同義語

同品詞の類義語

濃厚な
とろけるようなcolloquial
ねっとりしたcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

蜜のように甘い文芸的
蕩けるほどに文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

シロップを垂らしたようにcolloquial
甘美な蜂蜜のよう文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

ねっとりとcolloquial

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

甘美に蕩ける文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

官能の蜜文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

ねばつくほどのcolloquial
とろけるような感覚colloquial

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過剰が語形に書き込まれる——一方向へ倒れた評語

「甘い香り」「甘い声」「甘い記憶」と並べてみると、どれも肯定と否定のあいだで揺れています。文脈しだいで、心地よさにも軽さにも転びます。ところが促音を一つ挟んで語形を伸ばした途端、その揺れは失われます。褒め言葉として使える文脈はほとんど残らず、評価は一方向に固定されます。同じ性質を指しているはずなのに、量が閾を越えたという判断が語形そのものに書き込まれている——形容詞の側に、過剰という値が織り込まれた例です。

数え直すと、あ・ま・っ・た・る・い で六拍になります。促音の「っ」も独立した一拍を占めます。もとの「甘い」は あ・ま・い の三拍ですから、拍数はちょうど倍に伸びました。増えた三拍のうち二拍を占める「たる」は、けだるさを表す語と同じ系列の要素だと説明されることがあります。「かったるい」も同じ型を持ち、どちらも、ある性質が持続して重たくなった状態を指します。伸びた語形が持続の長さをそのまま写している点で、音の量と意味の量が一致する珍しい造語です。

この型が甘味にだけ用意されている点も見逃せません。塩気が強すぎる状態にも、苦みが勝ちすぎた状態にも、同じ作りの形容詞は与えられていません。しょっぱすぎる、苦すぎる、と副詞で処理するほかなく、過剰そのものを語形に畳み込んだ形は生まれませんでした。甘味だけが、足し続けることを許し、足し続けた結果として不快へ反転する味だからでしょう。基本味のうちで、これほど加算と嫌悪が地続きになっているものは他にありません。

過剰そのものを悪と見なす発想は、ずいぶん古くからあります。アリストテレスは徳を過多と過少のあいだに置き、勇気は無謀と臆病の中間にあると論じました。快についても同じ枠が持ち出され、量を増やせば善が増えるという見方は退けられます。エピクロスに至っては、快とは苦の欠如であって加算されるものではないと考えました。甘味を足し続けても幸福が積み上がらないという素朴な直観は、この系譜の中に置き直すことができます。

差し出す側と受け取る側の非対称も、この語には含まれています。人がこの評語を口にするとき、対象はたいてい、誰かに向けて用意されたものです。声にせよ台詞にせよ贈り物にせよ、受け手を想定して調整された何かです。過剰という判断は、その調整が受け手の許容量を読み違えたという指摘になります。承認を求める身振りが、求めすぎたと見なされた瞬間——そこでこの語が現れます。侮辱としてはずいぶん軽いのに、当人にはよく刺さる理由がそこにあります。

受け取る側に限りがあることが、この語の前提です。人は同じ甘味をいくらでも受け取れる器官を持っていません。有限であるからこそ配分が問題になり、配分が問題になる場所にだけ、過剰という判断が成り立ちます。文章についても事情は変わらず、情感を差し出す密度が読者の許容を超えたとき、読者はこの評語を思い浮かべます。書き手にできるのは甘さを消すことではなく、どこで一度引くかを決めることです。促音の一拍が語に加わったのは、その引き際を逃した状態に名前が要ったからでしょう。名前がある以上、境目は読者の側に共有されています。

文: hakadoru.ai 編集部

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