椋鳥

【むくどり】名詞

同義語

同品詞の類義語

千鳥文芸的
流鏑馬文芸的
燕返し文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

蜜の戯れ文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

燕のように軽やかに文芸的
流れるような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

軽やかに文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

舞う文芸的
戯れる文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

絡み合う肉体文芸的
愛の交わり文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

官能の渦文芸的
快楽の頂文芸的

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六、七羽ぶんの世界

夕方の空を覆う群れは、ときに数万羽に達します。全体は一枚の布のようにうねり、密度の濃い帯が走り、外縁が波打って戻ってきます。指揮している個体はいません。二〇〇〇年代にヨーロッパで行われたホシムクドリの観測研究では、各個体が一定の距離ではなく、近い順に六、七羽という個体数を基準にして動きを合わせていることが示されました。距離ではなく数——ここがこの結果の勘所です。群れが薄く広がっても、密に固まっても、参照する相手の頭数のほうは変わりません。だから群れは、伸びても縮んでもばらばらにならずにすみます。この密集した動きは、猛禽が特定の一羽に狙いを定めにくくする効果を持つと考えられてきました。群れに入るとは、守られることであると同時に、輪郭を失うことでもあります。

発達心理学が愛着について積み上げてきた記述も、似た形をしています。乳児は周囲の誰にでも同じように結びつくのではなく、限られた数の相手を選び分けます。選ばれた相手は安全基地として働き、子どもはそこから離れ、確かめ、戻り、また離れます。観察が繰り返し描いてきたのは、この往復の振幅が少しずつ広がっていく過程でした。重要なのは、往復の相手が増えていくわけではないという点です。参照できる相手の数には上限があり、成長とともに変わるのは、その枠のなかで誰を参照するかのほうです。

この鳥の名は、日本語では別の役目も引き受けてきました。江戸の時代、地方から出稼ぎに出てきた人々を椋鳥と呼ぶ言い方があり、群れをなして来て、季節が過ぎればまた群れて帰るという振る舞いから来たと説明されます。都市の側が、まだ都市の作法を身につけていない者に付けた名です。名指しているのは出身地でも職業でもなく、来たばかりであるという時間的な位置でした。群れのなかで輪郭を失っていた個体が、別の群れの縁へ移った途端に名前を与えられるという反転が、ここで起きています。この呼び名を自分に引き受けた例もあります。森鷗外は明治の末から数年にわたり、欧州の消息を伝える連載に『椋鳥通信』という題を付けました。異郷にいる者が、異郷から来た者を指す俗称を自分の側に貼り替えたことになります。

和名の由来については、椋の木の実を好んで食べるところから来たという説が知られています。日本語の鳥の名は、鳴き声を写したもの、色を写したもの、餌や住処を写したものに大きく分かれ、この語は最後の型に属します。名づけた側が見ていたのは、姿でも声でもなく、どこへ集まるかという行動でした。群れの学と発達の学が同じところを見ているのだとすれば、名づけの側も、はじめから位置関係のほうを書き留めていたわけです。

思春期に起きるのは、参照枠の入れ替えだと言われます。上限そのものは変わらないまま、そこに入る顔ぶれが、養育者から同年代の集団へ移っていきます。移行の途中にいる者は、どちらの群れからも縁のあたりに置かれ、しばしば新参として名指されます。椋鳥という呼び名が担っていたのも、この縁の位置でした。集団に属していないことを言うのではなく、属しはじめたばかりであることを言う——短い期間にしか当てはまらない語だからこそ、名指された側にはよく刺さります。

文: hakadoru.ai 編集部

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