搾る

【しぼる】動詞

同義語

同品詞の類義語

絞り出す文芸的
しごき上げるcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

蜜を吸う文芸的
愛液を啜るcolloquial

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

泉のように文芸的
湧き水のように

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

熱心に
夢中でcolloquial

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

愛撫する文芸的
刺激する

体言的言い換え

用言を体言に変換

快楽の収穫文芸的
官能の果実

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

官能の極み文芸的
欲望の赴くまま
熱狂の中でcolloquial

関連語を探す

容器として扱われる側——「搾る」が持ち込む有限の想定

牛乳と布巾では、同じ「しぼる」でも当てる漢字が変わります。ねじって水気を出す動作や、範囲を狭める意味には「絞る」を当て、押しつけて液を取り出す意味には「搾る」を当てるのが書き分けの目安とされてきました。搾乳、圧搾、搾取——この字を持つ熟語は、対象をあらかじめ容器として扱う点で揃っています。中身には限りがあり、外から力を加えれば取り出せるという想定が、漢字一字に畳み込まれているわけです。同じ音を持つ「絞る」のほうには、この有限性の含みがありません。知恵を絞ると言うときの知恵は、絞ったぶんだけ残量が減るものとしては扱われていないからです。

性科学が学問の形を取りはじめた十九世紀後半から二十世紀にかけて、この領域で最初に着手されたのは分類と計数でした。何を、どれだけ、どの頻度で。面接記録を積み上げ、質問紙を配り、匿名性を高める工夫を重ねながら、それまで統計の外側にあった行動を数の形へ移し替えていきます。数えるという操作は中立に見えますが、数えられる単位をあらかじめ決めなければ始まりません。回数を単位に選んだ時点で、身体は「一回」を産出する装置として記述されることになります。搾るという語が持ち込む構図と、この方法論の骨格はよく似ています。

単位を決めたあと、この学問は測る道具を欲しがりました。呼吸や脈拍、皮膚電気の変化、持続時間といった、実験室に持ち込める指標を並べ、報告される感覚と機械が拾う数値の対応を探す作業が続きます。ところが、この二つはしばしばずれます。当人の申告と生理指標が食い違う例が積み上がったことは、性科学が自分の方法の限界を知る契機になりました。測れるものだけを測っていると、測れないものは最初から存在しなかったことになります。その落とし穴は、単位を回数に固定した時点ですでに口を開けていました。

単位の選び方には、後から見れば無視できない偏りもありました。自己申告に基づく調査では、集団全体を集計したときに数が釣り合わないという現象が繰り返し報告されています。相手の人数を尋ねる設問で、一方の平均がもう一方の平均を大きく上回る、という形で現れます。閉じた集団を仮定すれば、算術としてこの差は生じないはずです。記憶の見積もり方か、申告に働く規範か、質問文の解釈か——どこかが揺れていることになります。調査法の歴史は、その揺れを潰す努力と、潰しきれないと認める作業の往復でできています。

語のほうに戻ります。「搾る」は他動詞で、主語には力を加える側が、目的語には出す側が立ちます。「搾られる」という受身は日常語として通りますが、出す側を主語に据えた自動詞形を、この字は持っていません。方向が最初から固定されているのです。十九世紀の医学が体液の喪失を消耗の枠組みで語り、二十世紀の調査が回数を資源のように集計したとき、その言葉づかいの底に沈んでいたのは、まさにこの一方向の構図でした。

分類は更新されます。かつて一括りにされていた項目は分けられ、あるいは束ね直され、設問もそのたびに書き直されてきました。それでも語のほうは残ります。書き手が「搾る」を選ぶとき、その一語は場面の力関係と、出す側に残量があるという想定を、説明抜きで持ち込みます。手当てできるのは、残量という発想そのものを疑う書き方を並走させておくことです。数えられる形に整えた瞬間に落ちるものがある——性科学の百年が最も高い授業料を払って学んだのは、その一点でした。

文: hakadoru.ai 編集部

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