吸う

【すう】動詞

同義語

同品詞の類義語

啜る文芸的
吸引する
口付けする文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

舌を絡める文芸的
口唇を重ねる文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

熱情的な文芸的
官能的な文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

情熱的に文芸的
舌を絡ませながら文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

貪る文芸的
求める文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

口づけ文芸的
熱い吐息文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

淫らに文芸的
激しく文芸的

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陰圧をつくる運動——最初期の協調から比喩まで

近世の日本語では、たばこは飲むものでした。「煙草を飲む」という言い方は当時の文献や話芸に広く見え、現在のように「吸う」が優勢になったのは近代以降だと説明されています。動詞が入れ替わったというだけの話ではありません。飲むは到達点、つまり体内へ収めてしまうところを名指します。もう一方は経路と方向、すなわち陰圧をつくって外にあるものを内へ引き込む運動そのものを名指しています。この一語に、日本語は息も、煙も、蜜も、血も、毒も、等しく預けてきました。

その運動は、人間が生まれて最初に身につける口の技術でもあります。新生児は口もとに触れたものへ顔を向け、唇で捉え、規則的な律動を刻みます。乳が出ない状況でも同じ律動が続くことは非栄養的吸啜として知られていて、栄養の摂取とは別の何かがこの動きに含まれていることを示しています。指を吸う、布の端を吸う、おしゃぶりを吸う——対象は栄養を持っていなくてもかまいません。運動そのものが目的の位置に来てしまう点で、これは反射の枠にきれいには収まらない現象です。圧の差をつくるには、唇でまわりを密閉し、舌と下顎を下げて口腔内を陰圧にするという協調が要ります。生まれて数日の身体がこの手順を成立させている事実は、それだけでも十分に奇妙なことです。

言語聴覚研究者エミリー・ジマーマンらは、栄養を摂らない非栄養的吸啜の圧、周期、休止を測り、初期の神経発達や後の口腔運動との関係を研究しています。指やおしゃぶりを吸う動きは、何かを取り込む行為ではなくても、顎と舌の律動、呼吸との休止を含みます。栄養的吸啜と非栄養的吸啜は目的が違い、同じ「吸う」でも測るべき働きが異なります。発達段階の象徴へ急ぐより、まず複雑な感覚運動として記述することができます。

呼吸は吸うことと吐くことの循環でできていますが、日本語で欲望の比喩に育ったのは片方だけです。吐くは排出、放棄、告白の方へ傾き、もう一方は獲得、執着、依存の方へ傾きます。複合すると自動詞化していく傾向も特徴的で、吸い付く、吸い寄せられる、吸い込まれるといった形では、主体の意志がしだいに薄れていきます。引き込む側と引き込まれる側の境界が語形の上であいまいになっていく——この崩れ方は、対義語である「吐く」の複合語にはほとんど起きません。

対象の幅を並べてみても、この動詞は選り好みをしません。息、煙、乳、蜜、血、毒、掃除機が吸い上げる埃まで、共通しているのは対象の性質ではなく、圧力の差でものが移動するという物理だけです。日本語がここで名指しているのは、何を得るかではなく、どういう仕組みで得るかのほうだと言えます。手段そのものが動詞の意味の中心に据わっている例は、それほど多くありません。だから比喩へ転じたときにも、対象は入れ替え自在のまま、引き込む力の強さだけが残ります。

最初期から繰り返される運動が、生涯の比喩へ材料を供給する。口は外界と身体の交渉が集中する場所で、栄養も空気も言葉もそこを通ります。ただし乳児の吸啜から大人の欲望が直線的に決まるわけではありません。日本語が強く求める状態を「吸い寄せられる」と呼ぶのは、圧の差で外から内へ移る身体経験が、方向と力を分かりやすく与えるからです。生理と比喩を同一視せず、共有する運動の輪郭を読むことが大切です。

文: hakadoru.ai 編集部

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