はしたない

【はしたない】形容詞

同義語

同品詞の類義語

淫らな文芸的
乱れた
卑猥な文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

欲情に溺れる文芸的
色香を放つ文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

淫売のような文芸的
獣のように文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

淫らに文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

乱れる

体言的言い換え

用言を体言に変換

肉欲文芸的
淫乱文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

大胆に
淫靡に文芸的

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端数のままでいることを咎める語

はした金という言い方に、この語の骨が残っています。はしたとは端数のことで、まとまった単位に届かない余りを指しました。中古の文献に現れるはしたなしは、だから第一に、どちらつかずで収まりが悪いという意味です。場に合わない、間が悪い、取りつく島がない——平安期の用例が描いているのは、慎みの欠如というより、その場の枠に対して寸法が合っていない状態でした。慎みのなさという現代の語義は、あとから重なった層だと考えられています。銭のはしたは、束にも包みにもならずに残った分でした。それが人の振る舞いへ転用されたとき、残りとは、どの型にも収まりきらない挙措のことになりました。量の語彙が、そのまま評価の語彙へ移った例です。

その語義がどんな場面に貼りつくのかは、平安の随筆がよく見せてくれます。枕草子には、はしたなきもの、と題した段があります。並んでいるのは、悪事でも乱暴でもありません。ほかの人を呼んだのに、自分だと思って出ていってしまうこと。しみじみとした話を聞かされ、まことにあわれだと思いながら、涙のほうがどうしても出てこないこと。どれも、その場に対して自分の寸法が合わなかった瞬間です。並んでいるのは一瞬の食い違いばかりで、あとから取り返せる種類のものではありません。悪いことをしたわけではなく、居場所の目盛りから半分だけはみ出してしまった——この段が集めているのは、罪ではなく、収まりの悪さの見本帳です。千年前の随筆家が、笑いながら数え上げていたのは、いまも人が夜中に思い出すたぐいの記憶でした。

もうひとつ、この語には形の上の仕掛けがあります。末尾のないを打消しと読むと、はしたが無い、つまり半端ではない、という反対の意味になってしまいます。そこで、このないは甚だしさを表す接尾辞だとする説が立てられてきました。せわしない、切ない、といった語と同じ型です。は・し・た・な・い の五拍は、半端さの否定ではなく、半端さの強調として読むほうが用法に合うわけです。中途半端であることが、甚だしい。咎められているのは逸脱の大きさではなく、どちらにも振り切れていないことのほうなのです。

精神分析には、この落差を扱うための対があります。フロイトが自我理想と呼んだのは、こうありたいという像のことで、自分を測る物差しとして内側に据えられます。罪は、してしまった行為へ向けられます。恥は、届かなかった自分そのものへ向けられます——前者には取り返しの手続きがありますが、後者にはありません。謝るべき相手が、どこにもいないからです。端数を咎めるこの語が刺さるのは、後者の側です。行為の悪さではなく、像に足りなかった分量が、そのまま自分の輪郭として残ってしまう。割り切れずに出た余りが、割った側ではなく、余りのほうの落ち度として記録されるのです。しかも内側に据えられた像は、たいてい特定の誰かの顔をしていません。平均のような、輪郭のはっきりしない顔をしています。

臨床心理学者ポール・ギルバートは、恥と自己批判が脅威への反応を強める仕組みを研究し、コンパッション・フォーカスト・セラピーを発展させました。半端さを咎める声は、失敗して所属を失う危険を避けようとする警報として働くことがあります。しかし警報が鳴り続けると、誰も見ていない場面でも自分を測り、罰するようになります。基準の出所を一人の他者へ決めるより、どの場で何を守るためにその声が強くなったかを確かめるほうが役立ちます。

日本語のこの形容詞は、その作動をよく写します。半端な状態に対して、寸法が合っていないという判定を下します。しかも判定者は文の中に現れません。使用には偏りがあり、「私ははしたない」より「はしたないことをしてしまった」と行為へ掛けるのが普通です。誰の基準かを省いたまま、共同体の評価を一人称へ持ち込めます。行為へ掛けるというこの形式は、わずかな逃げ道でもあります。振る舞いは直せますが、存在のほうは直せないからです。だから、話者がどんな観客を想像し、どの所属を失うことを恐れているかが重要になります。

書く場面では、基準を完全に説明せずとも、その作用を具体化できます。人前では膝を揃え、独りになっても同じ姿勢を崩せない。笑った直後に周囲を見回す。そこへ、端数を端数のまま受け取る相手や場所を一つ置いてください。慈しみは違反を褒めることではなく、恥を抱えた人を共同体から追放せず、次の選択を可能にする態度です。「はしたない」が判決から一つの評価へ戻るとき、人物は自分の寸法を測り直せます。

文: hakadoru.ai 編集部

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