涎

【よだれ】名詞

同義語

同品詞の類義語

生唾colloquial
唾液

類義句

同品詞の慣用的言い換え

口からこぼれる蜜文芸的
滴る水滴

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

雨粒のように文芸的
口から溢れるほどにcolloquial

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

溢れんばかりに

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

口から零れるcolloquial

体言的言い換え

用言を体言に変換

口元の潤い
滴るしずく

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

淫らな水気文芸的
官能のしずく文芸的

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糸を引くという一点

唾の字は口偏で、出どころを名に取っています。液体を、それが出てくる場所によって呼ぶ命名です。ところがこちらは氵に延と書きます。水を表す偏に、伸びること長引くことを表す旁——出どころではなく、その液体の振る舞いのほうを名にした造りです。延の字が作る熟語を並べれば、延長、延期、延べ棒と、いずれも時間か長さに関わります。この一字が選ばれた時点で、名づけた者が見ていたのは量でも色でもなく、伸びるという性質だったことになります。常用漢字表には入っておらず、実際にはかなで書かれることのほうが多い字です。

なぜ伸びるのかについては、成分の側から説明がつきます。唾液にはムチンと呼ばれる糖タンパクが含まれ、これが粘りと、糸を引く性質をもたらします。水はどれだけ垂らしても糸にならず、粒になって落ちます。糸を引くという一点だけで、この液体は他の体液から分かれます。汗も涙も血も、糸にはなりません。日本語がこの液体に与えた名は、化学の説明がつくよりずっと早く、その一点を掴んでいたわけです。

音読みの側にも用例が残っています。垂涎という熟語は、ひどく欲しがることを指して今も使われます。欲望そのものを名指す代わりに、身体に起きる現象をひとつ挙げて代用する言い方です。心の状態を、外から観察できる出来事へ置き換えている点で、これは一種の翻訳に近い操作でしょう。和訓のよだれのほうは、古くはよだりの形が見えるとされ、生活の語として長く使われてきました。同じ現象が、音読みでは欲望の指標として、訓読みでは身体の出来事として、別々の語彙圏で扱われてきたことになります。

絵にするとなると、この性質は厄介な条件に変わります。糸は面ではないので、塗ることも陰影で作ることもできず、線として引くほかありません。輪郭線を主体とする描き方——木版の浮世絵や、細密画の系統——では、糸は正確に描けます。線がもともと画面の主役だからです。ところが面と陰影で立体を組み立てる描き方では、細い糸は背景に紛れ、光を当てなければ見えなくなります。同じ現象を扱っても、様式によって描けるものと描けないものが分かれます。素材と技法の側が、何を表せるかを先に決めています。

春画は、枕絵とも笑い絵とも呼ばれてきました。着衣のまま描かれることが多く、衣裳の文様が画面の大半を占めるという特徴が、繰り返し指摘されています。寸法の誇張もよく知られた約束事です。一方で顔のほうは浮世絵の様式化された線でできており、表情の幅はもともと狭く取られています。つまりこの様式では、顔を崩さずに状態を示す手段が限られます。口もとから引かれた一本の線は、その限られた手段のひとつとして働きます。省略の多い画面では、線一本の情報量が跳ね上がるからです。

もうひとつ、この液体には時間の問題がついてきます。糸は、切れるまでのあいだしか糸ではありません。垂れはじめてから切れるまでの数秒を、絵は一枚のなかへ閉じ込めなければなりません。まだ切れていないという状態は、次の瞬間に必ず失われることが約束された状態です。延の字が長さと同時に時間を指していたことは、ここで効いてきます。文章でこの語を選ぶときも、書き手が描いているのは液体ではなく、持続のほうです。切れる寸前だけを書けば、切れたあとは読者が自分で見ます。

文: hakadoru.ai 編集部

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