悶え啼く
【もだえなく】動詞同義語
同品詞の類義語
類義句
同品詞の慣用的言い換え
直喩変換
「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩
副詞的言い換え
情態副詞・形容詞の副詞的変換
動詞的言い換え
形容詞・副詞を動詞句に変換
体言的言い換え
用言を体言に変換
婉曲・強調変換
ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)
同品詞の類義語
同品詞の慣用的言い換え
「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩
情態副詞・形容詞の副詞的変換
形容詞・副詞を動詞句に変換
用言を体言に変換
ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)
二十世紀の性科学が実験室に持ち込んだのは、身体に装置を当てるという発想でした。心拍を数え、呼吸の深さを記録し、皮膚の温度と血流の変化を連続して追います。装置は疲れず、忖度もせず、被験者が何と言おうと同じ値を返します。生理指標が主役になったことで、この分野はようやく他の医学と同じ土俵に立ちました。代償として、装置の届かないものは記述の枠外へ置かれます。手続きとしては正しく、そして落ちるものが多い方法です。
落ちるのは、身体と声が同じ瞬間に起きる出来事です。二十世紀半ばには、性反応を興奮・平坦・絶頂・消退という四つの相に分けて記述する枠組みが提出され、以後の分類の土台になりました。相を分けると経過は見えるようになりますが、相の内側で何が起きているかは、生理指標と本人の申告に切り分けられます。心拍や血流は装置が拾い、体験は言葉が拾います。その言葉のほうが、日本語では二つの層に分かれてしまいました。
性科学の用語が日本語に入るとき、その多くは漢語で作られました。性欲、興奮、絶頂、性反応。いずれも輸入概念の訳語として組まれた二字・三字の漢語です。一方、身体の動きを言う和語——悶える、のけぞる、震える——は、文学と芸能の側に残りました。「悶え啼く」はこの和語層の合成です。前項の「悶える」が身をよじる動作を、後項の「啼く」が声を担い、別々の器官で起きる二つの出来事が一語に束ねられています。前項が様態、後項が主動作という複合動詞の型に、きれいに収まる作りです。
前項の「悶」の字も、選ばれ方が偶然ではありません。門構えのなかに心を入れた形で、閉じ込められた心をそのまま図にしています。悶絶、煩悶、悶着といった熟語は、いずれも外へ出られない状態を指しています。この字が前に立つことで、合成語の全体に「内側で行き場を失っている」という含みが加わります。後項の声は、その唯一の出口ということになります。身体が閉じ、声だけが漏れるという配置が、二つの字の組み合わせだけで決まってしまいます。
後項に選ばれた「啼」の字にも来歴があります。口偏に帝を組んだこの字は、漢籍では鳥獣の声に当てるのが本来の用法で、人の泣き声には「泣」や「哭」が使われました。日本語はそこへ「なく」という一つの訓を通し、「鳴く」「泣く」「啼く」を書き分ける体制を作ります。人に「啼く」を当てれば、その声は言語の側から離れ、動物の側へ寄ります。書き手が選んでいるのは意味ではなく、字が体系のなかで占めている位置のほうです。国語辞典の見出しには立ちにくい合成語でありながら、表記の選択だけでほぼ全部を伝えてしまいます。
性の分類は、その後も繰り返し組み替えられてきました。精神疾患の診断基準として広く使われている手引きでも、二〇一三年の改訂で、それまで別々に置かれていた性的関心の項目と興奮の項目が一つに統合されています。区分は動きます。網目からこぼれる体験のほうは、版が変わっても同じ場所に残り続けます。数えられる単位へ還元しない記述をいまも持っているのは文学の語彙だけで、この種の合成語は、その語彙が自前で作った目盛りのようなものだと言えます。目盛りである以上、乱用すれば読めなくなります。使いどころが一篇に一度しかないのは、そのためです。
文: hakadoru.ai 編集部
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