艷麗

【えんれい】形容動詞

同義語

同品詞の類義語

官能的な文芸的
淫靡な文芸的
妖艶な文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

魅惑の文芸的
妖しいほどの文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

蜜のように甘い文芸的
絹のようになめらかな文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

色っぽく
官能的に文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

魅了する文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

魅惑の瞬間文芸的
官能の極み文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

魅惑的に文芸的
淫美なほどに文芸的

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伏字を通り抜ける漢語——包装としての格式

明治から昭和戦前にかけての小説や雑誌には、伏字がしばしば現れます。風俗を乱すとみなされた語が印刷や編集の段階で伏せられ、残った文脈から読者が意味を補う形になりました。削られたのは多くの場合、身体や行為を直接に指す和語や俗語です。同じ内容を漢語の熟字へ置き換えた文は、しばしばそのまま通りました。艷麗のような語が近代の性愛文学で重宝されたのには、この通行証としての性能が関係しています。

「艷」は「艶」の旧字体にあたり、豐と色という二つの要素で組み立てられています。豊かな色、という字面のとおり、この字は量の多さと視覚の華やぎを一度に抱えます。読みは四拍——え、ん、れ、い——で、撥音がひとつ入るぶん、和語の「あでやか」よりも短く硬く着地します。熟字が持つこの硬さは内容の生々しさを削りません。削るのは語の表面の手触りだけで、指しているものは同じ場所に残ります。

この字が官能の側へ寄ったのは、それほど古い出来事ではないようです。中世の歌論で「艶」と呼ばれたものは、色めいた美しさというより、言い尽くさずに残る余情の質を指していました。藤原俊成や定家の周辺で使われたときの「艶」は、視線を身体へ向ける語ではありません。近世から近代にかけて、この字はしだいに色恋の領域へ引き寄せられ、艷書といえば恋文、艷聞といえば色恋の噂、艷本といえば春本の別称を意味するようになります。字の意味が勝手に動いたわけではなく、字の置かれる場所のほうが移りました。

二字目の「麗」は、多くの熟語で共有されています。華麗、壮麗、秀麗、端麗——いずれも美の格の高さを保証する働きをしますが、指す方向はそれぞれ違います。方向を決めているのは一字目のほうです。華は咲きひらく量を、壮は規模を、秀は抜きん出た度合いを持ち込みます。艷が持ち込むのは色の湿度であり、この一字が入った瞬間、対象は鑑賞の対象から欲望の対象へ半歩ずれます。同じ格式の枠に収まりながら、艷麗だけが身体の匂いを残しているわけです。

熟字が担うのは描写ではなく評定です。艷麗という二字は、対象がどんな色で、どんな輪郭で、どんな光の下にあったかを一切述べません。述べるのは、それが高い格の美に属するという判定だけです。翻訳の現場でも同じ働きが使われました。西洋の小説にある直接的な形容を訳者が漢語の熟字で受けると、原文の温度は保たれたまま、日本語の文面は格式の側へ移ります。読者は判定だけを渡され、像そのものは自分で立てることになります。

検閲の制度が消えたあとも、この迂回の技法は文体として残りました。露骨さを避けるために漢語を選ぶのではなく、読者に像の生成を委ねるために選ぶ——動機が入れ替わったのです。艷麗を置いた一文は、書き手が描写を放棄した痕跡であると同時に、読者の想像力に対する信頼の表明でもあります。どこまで委ねるかは語ごとに違い、この二字はかなり深いところまで委ねます。だからこの語を使う文は、前後の具体が薄いと空回りしやすく、質感のある細部と組み合わせたときにだけ効きます。

文: hakadoru.ai 編集部

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