跨ぐ

【またぐ】動詞

同義語

同品詞の類義語

股を開く文芸的
また開きcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

跨がる
またがり乗る文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

橋渡しをするように文芸的
門戸を開くように文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

大胆に

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

開脚する
身を委ねる文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

開脚姿勢
受け入れの態文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

開く
またぐ間もなくcolloquial

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越え方を一つに絞るという技術——敷居から大門へ

鉄道の上を越える橋の名が、掲示や記事で「こ線橋」と書かれていることがあります。跨線橋の一字目が常用漢字表に入っていないための交ぜ書きで、境界を越えるための構造物の名が、表記の制度の境界で割れてしまっているわけです。動詞のほうも新聞記事では仮名書きにされます。線を越える語が、字の側では線に阻まれている——ちぐはぐな対応ですが、境界というものが物理ではなく手続きでできていることを考えるには、悪くない入口です。

日本の家屋でもっとも強く意識されてきた線は、敷居でした。踏んではならない、越えるなら跨げという禁忌は各地の民俗に見られ、理由の説明は土地ごとに食い違います。共通しているのは、敷居が内と外を分ける段差であると同時に、家という単位の輪郭そのものだという理解です。婚礼で新しく迎えられる者がそこを越える所作に意味が置かれたのも、一歩が所属の変更を目に見えるかたちにするからでした。「敷居が高い」という言い方が今も生きているのは、この線が制度として働いていた時代の記憶が語彙に残っているからです。

性をめぐる制度は、線の使い方をさらに徹底させました。近世の新吉原は周囲を堀と塀で囲まれ、出入口は大門ひとつに絞られています。堀はお歯黒どぶと呼ばれ、外から人を入れないためというより、内側の人間が勝手に出られないための構造でもありました。越えられる場所を一箇所に限定すること——それ自体が管理の技術です。境界は越えられないから境界なのではなく、越え方が一通りに決められているから境界として働きます。廓の内と外を分けていたのは塀の高さではなく、大門という単数の通路でした。

通路を一点に絞る方式は、内側の秩序も同時に作ります。出入りが一箇所に集まれば、そこは検問の場であると同時に、見物と社交の場にもなります。近世の廓が独自の作法や言葉づかいを発達させたのは、内部が閉じていたからというより、入口が単数であることによって、内と外の落差が毎回同じ場所で確認されたためだと考えられます。越える手続きが定型になれば、越えた先での振る舞いも定型になっていきます。

近代に入ると、線は地面から書類へ移っていきます。営業できる区画の指定、免許、鑑札、定期の検査といった手続きが性の管理を担うようになり、身体が越えるべき段差は、記入と押印の連なりに置き換えられました。物理的な動作が要求されなくなっても、越境を一箇所に集める発想そのものは消えていません。むしろ、越えた瞬間が目に見えなくなったぶん、線の数は増えたと言えます。

同じ場所を通る動詞と比べると、輪郭はさらにはっきりします。くぐるは上にあるものを避け、渡るは隔たりの幅を問題にし、抜けるは通路の長さを意識させます。段差の低さを前提にしながら、それでも足を上げさせるのがこの語で、越えるべき高さがほとんどないところにこそ使われる点が、他の越境動詞とは決定的に異なります。敷居の高さは数センチにすぎません。

この動詞が「越える」と決定的に違うのは、線を消さない点です。飛び越える、乗り越える、踏み越えるは、いずれも線に対する勝利の含みを帯びます。片足ずつ体重を移し、両側に足がかかった状態を一瞬つくってから向こう側へ降りる動きには、その含みがありません。渡り終えたあとも、線はそこに残っています。禁忌と儀礼の語彙にこの語が長く居座ってきたのは、越えたことを認めながら、越えられた線の存在も同時に認める動詞だからでしょう。

文: hakadoru.ai 編集部

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