やらしい

【やらしい】形容詞

同義語

同品詞の類義語

淫靡な文芸的
卑猥な文芸的
いやらしいcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

みだらな文芸的
淫らな文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

熱帯夜のような文芸的
官能の渦に包まれた文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

官能的に文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

欲情させる文芸的
淫らに舞う文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

官能の波文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

淫美な文芸的
挑発的に

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一拍落とすと軽くなる——嫌悪語の育ち方

生まれて間もない乳児の口へ苦い液を置くと、顔をしかめ、舌で押し返します。この反応に学習は要りません。けれども、床に落ちたものを口へ運ぶのをためらう、虫の入っていた容器の水はもう飲みたくない、といった種類の忌避は、まったく別の時間をかけて育ちます。嫌悪の発達を扱った心理学の研究では、汚染という観念にもとづく回避が幼児期の後半に現れ、学齢期にかけて対象を広げていくと報告されています。しかも、その多くは他人の顔を経由して伝わります。見慣れないものに出会った乳児が、養育者の表情をうかがってから近づくか退くかを決めることは、視覚的断崖を使った古典的な実験でよく知られています。生理的な吐き出しと、観念としての汚れの回避は、外から見える顔つきが似ていても、育ち方がまるで違うのです。

この語が属するのは、あとから育つほうの嫌悪です。もとの形は「いやらしい」で、厭(いや)という語幹に、様子を表す接尾辞が付いたものと説明されています。原義には性の含みがなく、単に感じが悪い、不快だ、という意味でした。そこから語頭の母音が落ちて「やらしい」という四拍の形が生まれ、西日本を中心に、また話し言葉一般で広く使われるようになります。五拍が四拍に縮む——それだけで、語はずいぶん軽くなります。改まった場では落とさず、からかいの場では落とすという配分は、辞書の語義よりも正確にこの語の使われ方を示しています。

語源を意識せずに使える語は、子どもの口によく馴染みます。囃し立てる場面でこの語が選ばれるとき、話し手は相手の性的な逸脱を告発しているわけではありません。まだ内容の定まらない何かを指差して、指差した側と差された側のあいだに線を引いているだけです。発達心理学が個体化と呼ぶ過程には、こうした線引きの練習が大量に含まれます。誰と同じで誰と違うのかを、内容の乏しい札を投げ合いながら確かめていく——札の中身は、あとから充填されます。囃す子どもの顔は、対象を評価している顔であると同時に、その評価を周囲へ配っている顔でもあります。

充填が起きるのは、身体が他者の視線にさらされるものとして意識されはじめる時期です。二次性徴が進むころ、子どもは自分の身体を、初めて他人の視線の対象として扱いはじめます。羞恥の向きも同じ時期に変わり、失敗を見られる恥から、身体を見られる恥のほうへ重心が移ります。それに合わせて、不快の総称だった語が性の領域へ寄せて用いられるようになります。国語辞典が今も二つの語義を並べているのは、この乗り換えが完了していない証拠でもあります。感じが悪いという古い意味と、性への言及という新しい意味が、一語のなかで両方とも生きているわけです。

物語のなかに置くとき、効いてくるのは意味よりも語形のほうだと思います。五拍で言う人物と、一拍落として四拍で言う人物とでは、対象との距離が違って聞こえます。五拍を保つ言い方には、対象を突き放して名指す構えが残り、非難として受け取られる余地が広がります。縮んだ形のほうには、言い切ってしまう軽さと、相手を突き放さない馴れとが同居していて、重さを引き受けません。子どもが囃していたころの札の軽さが、そのまま残っているからでしょう。この語を使う人物を書くなら、何を指しているかより、どちらの拍数で言う人なのかを先に決めておくほうが、台詞は動きます。

文: hakadoru.ai 編集部

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